失われた傑作『ブラックロッド』、復活

今年の7月に最終巻が出たヒロアカの外伝『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』の原作担当をしている古橋秀之(敬称略)は本来は小説家でして、近年だとSFショートショート集『百万光年のちょっと先』を2019年に出版したほか、主にライトノベルレーベルでたくさんのすぐれた作品を書いています。

 

古橋秀之は、作品の質の高さ、その割に売り上げには繋がっていなさそうな不遇さ、同門*1秋山瑞人(『E.G.コンバット』『猫の地球儀』『イリヤの空、UFOの夏』など)とのセット扱いなどから、00年代にラノベが好きだった者にとっては深く記憶に刻まれた作家なんですが、その古橋秀之の代表作とされることが多いのが、『ブラックロッド』シリーズ三部作(ケイオスヘキサ三部作とも)です。

 

ブラックロッドはまさに伝説のラノベと呼ぶにふさわしい作品で、どの辺が伝説かと言うと、もちろん面白さ・評価の高さ・語れるポイントの多さ・後進への影響みたいな点でも伝説的なんですけど、そもそも入手難易度が高いんですよね。

ラノベがすぐ絶版になるのはみなさんご存じかと思いますが、ブラックロッドはそこそこ古い作品なこともあって電子書籍化しておらず、そのうえ3作目のブライトライツ・ホーリーランドAmazonの中古価格で5,000円を超えています(2022/12/11現在)。そりゃあ買おうと思って買えない値段ではないですし、図書館で取り寄せて読む方法もありますが、やはり未読の人がわざわざ読むにはハードルが高い。

 

ブラックロッドはマジで面白いので、名前を耳にすることはあれど実際に目にすることはないツチノコみたいな作品になっている現状は大変遺憾に思っていたのですが、ようやく来年2023年2月5月、ブラックロッドが復刊されることになりました(復刊の話自体は2021年からありましたけど、立ち消えになることもありうるなと、その時点では完全には信用してませんでした)。

下記が作者による進捗状況公開サイトです。

ブラックロッド2023|古橋秀之|note

どうやら3部作を合本版として立派な装丁のハードカバー1冊にまとめるようですね。

電書化についても、物理書籍の刊行から数ヶ月の間を開けてからにはなるようですが、行う方向で詳細検討中のようです。

 

さて、では具体的にブラックロッドがどんな作品なのかと言いますと、まずジャンルとしては、しばしば「オカルトパンク」と説明される作品です。

異常発達した魔術が文明の礎になった異形の近未来における、積層魔術都市「ケイオス・ヘキサ」を舞台とした、アクションと都市描写をかっこいい造語が彩る作品で、他作品を例に出すと『血界戦線』とか『ニンジャスレイヤー』みたいなやつです。

 

また、ラノベ史上の位置づけで言うと、電撃小説大賞(当時は電撃ゲーム小説大賞)の第2回大賞受賞作品ですね。

現在ラノベレーベルの最大手として君臨している電撃文庫ですが、レーベル初期に持っていた主なアドバンテージがふたつあって、ひとつはちょうどデザインワークにパソコンが本格導入された時期だったことによる垢ぬけた装丁、もうひとつがレーベルの新人賞である電撃小説大賞の異常な打率の高さです。

第2回大賞受賞作であるブラックロッドは、電撃文庫のブランド力の礎を築いた作品であり、またその後の『86-エイティシックス―』や『錆食いビスコ』のような電撃文庫の設定濃い目のSF活劇路線の起点と言えるでしょう。

 

ブラックロッドは非常に個性豊かな作品ですけど、とはいえコンテンツを広く見渡したり、あるいはオカルトとサイバーパンクを要素ごとに分けて考えれば、『血界戦線』『ニンジャスレイヤー』『斬魔大聖デモンベイン』といった後発作、あるいは『ニューロマンサー』『魔界都市〈新宿〉』『帝都物語』『仙術超攻殻ORION』『リュカオーン』といった先行作が思いつきます。

そうした同系統の作品と比較した時のブラックロッドの魅力って何かなと考えてみると、思いますに、三部作なところですね。

1作ですべてが完結する単巻の作品でなく、大きなドラマの存在する長編作品でもなく、それぞれにテイストの異なる三つの作品が存在して、それぞれの方向から作品世界に生きる人々の姿を照らし出しているところに、このシリーズの良さがあります。

ということで、復刊をひかえているので軽くですが、三部作それぞれの特徴を見てみましょう。

 

ブラックロッド』は、魔都ケイオス・ヘキサで暗躍する魔人ゼン・ランドーを、名前と感情を封印された公安局の魔導特捜官“ブラックロッド”と、私立探偵ビリー・ロンが追う、と言う犯罪捜査ものです。

猥雑な都市描写のケレンに目が行きがちですが、練りあげられたプロットやガジェットの活かし方の巧みさに真の価値があるというか、それらはすべてイデアを使う時の練りこみがすごいという同じ美点の表出の仕方が違うだけ、という感があります。

 

ブラッドジャケット』は、大規模な吸血鬼禍がはじまらんとしているケイオス・ヘキサの下層社会を舞台とした墜落系ボーイミーツガールです。

若者に向けた暗黒青春小説としての作品の雰囲気づくりと、語彙選択は、前作から更なる洗練を見せています。

それでいてメインヴィラン超弩級聖人”ハックルボーン神父のあまりのパンチの強さも大きな魅力ですね。

 

ブライトライツ・ホーリーランド』は、都市の終わりを目前にしたケイオス・ヘキサ最後の日々を、最悪のトリックスター存在 “嗤う悪霊”G・G・スレイマンを軸に描く群像劇です。

冒頭の、嵐の魔神〈百手巨人〉vs機甲折伏隊の切り札・重機動如来〈毘盧遮那〉の決戦を皮切りにパワーワードは三部作最大量となっています。

しかし、本作の最大の見どころは、そうしたパワーワードを支え、基本は端的で過不足なく、しかしここぞで詩情をみせる文章力ではないでしょうか。

なお、復刊に際して「ブラインドフォーチュン・ビスケット」と改題されるとのことです。

 

 

どんなラノベもみなジャンルの生んだ成果であり、おいそれと失われてはならないものですが、ブラックロッドはスーパー傑作なのでとりわけ強くそう思います。

アクセス不可領域として失われていたブラックロッドの達成が、今回の復刊で再び触れられるようになることは本当に喜ばしいと思いますし、そもそもめちゃくちゃ面白いので、2月5月になったらぜひみんな買って読んで話題にしてみてください。

 

 

(それはそうと『タツモリ家の食卓』も『ブラックロッド』と同等に好きなので、ブラックロッド復刊の勢いでこちらも復刊・電書化して、バルシシア・ギルガガガントス15‐03Eが大人気になり、シリーズの刊行が再開して4巻が出て完結もして、ついでに劇場アニメ化もすればいいのにと思います。みんなバルシシア殿下を知るんだ。 )

 

*1:法政大学 金原ゼミ